アートによる「関係人口」創出:移住促進と連携したプロジェクト事例に学ぶ
はじめに:関係人口とアートの可能性
日本の多くの地域が人口減少や高齢化といった課題に直面する中で、「移住促進」は重要な地域活性化策の一つとなっています。しかし、単に住む場所を提供するだけでなく、地域との多様な関わりを持つ人々、いわゆる「関係人口」をいかに増やし、彼らがやがて地域の担い手や移住者へと繋がっていくかが注目されています。
こうした流れの中で、アートが地域と外部の人々を結びつけ、「関係人口」を育む上で重要な役割を果たし始めています。本記事では、ある地方都市での具体的なプロジェクト事例を取り上げながら、アートが移住促進と連携することで何を生み出しうるのか、そしてその実践におけるノウハウやアーティストの役割について探っていきます。
事例紹介:〇〇市「まちのアート移住プログラム」
ここでは、仮に〇〇市が実施した「まちのアート移住プログラム」という取り組みを事例としてご紹介します。〇〇市は、古くからの城下町として歴史的な景観も残っていますが、市中心部の商店街はシャッター通り化が進み、郊外への人口流出と高齢化が課題となっていました。一方で、市は芸術大学のサテライトキャンパス誘致を検討するなど、アートへの関心も一定数存在する地域でした。
プロジェクトの背景と目的
プロジェクトの背景には、以下のような課題認識がありました。
- 人口減少と高齢化: 特に若年層・子育て世代の転出が多く、地域活力の低下が懸念されていました。
- 中心市街地の衰退: 商店街の空き店舗増加が深刻で、新たな賑わい創出が急務でした。
- 移住促進の壁: 単に物件情報を提供するだけでは移住に繋がりにくい。地域の雰囲気や人との繋がりを感じてもらう機会が不足していました。
これらの課題に対し、〇〇市は「アート」を移住促進の切り口とすることを企画しました。単なる芸術鑑賞の機会提供ではなく、アーティストやアートに関心のある人々が地域に短期間滞在し、地域住民と交流しながら創造的な活動を行うプログラムです。目的は以下の通りです。
- 関係人口の創出: アート活動を通じて、地域に興味を持ち、繰り返し訪れる「関係人口」を増やすこと。
- 移住のハードルを下げる: 短期滞在や地域住民との交流を通じて、移住の不安を和らげ、具体的な検討に繋げること。
- 中心市街地の活性化: 空き店舗などを活用したアート活動により、街なかに賑わいを創出すること。
- 地域の魅力再発見と発信: アーティスト独自の視点から地域の魅力を掘り起こし、外部に発信すること。
プロジェクトの企画・実施プロセス
このプログラムは、〇〇市企画課(移住推進担当)、文化振興課、地元のNPO法人(空き家活用団体)、そして地域住民有志が連携して実施されました。
- コンセプト設計と予算確保: 移住促進とアートを組み合わせる独自のコンセプトを策定。市の移住促進予算と文化振興予算を組み合わせ、さらに一部を国の地域活性化交付金を申請することで、複数年度にわたる予算を確保しました。
- 滞在施設の準備: NPO法人が所有・管理する中心市街地の空き家数軒を改修し、アーティストの滞在・制作スペースとして整備しました。
- アーティストの募集と選考: プログラムの趣旨に賛同し、地域住民との交流や共同制作に意欲のあるアーティストを公募しました。選考では作品ポートフォリオに加え、企画提案内容やコミュニケーション能力が重視されました。
- プログラム実施: 選考されたアーティストが数週間から数ヶ月間地域に滞在。滞在期間中、アーティストは自身の制作活動に加え、以下のような活動を行いました。
- 地域住民向けのワークショップ開催(例:地元の素材を使ったアート制作、風景スケッチ会)
- 空き店舗や公共空間を活用した作品展示・発表会
- 地域の祭りやイベントへの参加、作品での表現
- 制作プロセスを公開し、住民が気軽に立ち寄れるオープンスタジオ形式の採用
- SNSやブログでの滞在記、制作風景の発信
- 移住相談会との連携: アーティストの作品展示やワークショップの開催時期に合わせて、市が移住相談会や地域案内ツアーを実施。アートイベントへの参加者がそのまま移住相談に繋がる導線を作りました。
- 情報発信: プログラム特設ウェブサイトを開設し、参加アーティストの紹介、活動内容、空き家情報、移住支援制度などを一元的に発信。メディアへのプレスリリースやSNS広告も活用しました。
具体的なアート活動と地域への影響
プログラムに参加したアーティストたちは、多様なアプローチで地域に関わりました。
- あるインスタレーション作家は、商店街の使われていない喫茶店の窓ガラスに、地域の歴史をモチーフにしたインスタレーションを展開。通りがかりの人々が足を止め、シャッターが閉まったままだった場所に人だかりができました。
- 滞在型レジデンスを利用した画家は、地域住民から聞いた昔話や風景を元にした絵画シリーズを制作。完成作品の展示会には多くの住民が訪れ、「自分の知っている場所がこんな風になるなんて」と感動の声が上がりました。
- 地域のおばあさんたちから手仕事(編み物など)を学び、それを現代アート作品に取り入れたテキスタイルアーティストは、ワークショップを通じて世代を超えた交流を生み出しました。参加した移住希望者からは「地域の人と自然に話せるきっかけができて良かった」という声が聞かれました。
- サウンドアーティストは、商店街の日常の音や、地域に伝わる民謡などを採集し、それを編集・再構成したサウンドインスタレーションを制作。地元住民にとっては聞き慣れた音がアートとして提示されることで、街の音に新たな価値を見出す機会となりました。
これらのアート活動は、短期的な「賑わい」を生み出しただけでなく、地域に以下のような長期的な影響を与え始めました。
- 関係人口の増加: プログラム参加者やイベント来場者が、リピーターとして地域を訪れるようになりました。彼らはSNS等で地域の魅力を発信し、新たな交流を生んでいます。
- 移住への関心の向上: アートイベントをきっかけに地域を知り、移住を具体的に検討し始める人が増えました。実際に、プログラム期間中または終了後に数組が〇〇市への移住を決定しました。
- 地域住民の意識変化: アートを通じて自分たちの地域の魅力や可能性を再認識する機会となりました。空き家に対する見方が変わり、活用に向けた話し合いが進むきっかけにもなりました。
- 空き店舗・空き家の活用促進: アートスペースとして活用された物件が、プログラム終了後もコミュニティスペースや新たな店舗として活用される事例が出てきました。
アーティストの役割と貢献
このプログラムにおいて、アーティストは単に作品を制作・展示するだけでなく、以下のような多角的な役割を担いました。
- 地域資源の翻訳者: 地域の歴史、文化、風景、人々の営みといった目に見えない、あるいは見過ごされがちな資源を、アートという媒体を通して新しい形で提示し、その価値を外部や住民に伝える役割。
- 交流の触媒: ワークショップやオープンスタジオ、滞在制作を通じ、地域住民と外部の人間(移住希望者、観光客など)が自然に交流するきっかけと場を提供する役割。
- 実験と創造の担い手: 空き家や商店街といった既存空間に新しい視点と活用方法をもたらし、地域に創造的なエネルギーを注入する役割。
- 地域への新しい視点の提供: 外部からの視点を持つことで、地域住民が気づかなかった魅力や課題を浮き彫りにする役割。
アーティストが地域に一定期間滞在し、住民と日常的に関わることで、より深いレベルでの関係性が生まれ、プロジェクトの成功に大きく貢献しました。
プロジェクト運営上の課題と学び
このプログラム運営には、いくつかの課題もありました。
- 効果の可視化: アート活動が直接的に移住者数をどれだけ増やしたかを定量的に示すことは難しく、事業評価の点で工夫が必要でした。「関係人口」という長期的な視点での成果測定の重要性を再認識しました。
- 地域住民の理解と協力: 一部の住民からは「なぜアートなのか」「空き家を普通に貸せばいいのでは」といった疑問の声もありました。アートの意義やプログラムの目的を丁寧に説明し、住民が参加できる機会を多く設けることで、少しずつ理解と協力が得られるようになりました。特に、ワークショップなどを通じて住民自身がアートに関わる体験をすることが有効でした。
- アーティストの生活基盤: 滞在費や制作費の支援はありましたが、プログラム終了後のアーティストの活動継続や地域への定住に繋げるためのサポート体制が不十分でした。今後は、地域に根差すアーティストの育成や、継続的な仕事に繋がる仕組み作りが必要だと感じています。
これらの経験から、他の地域やアーティストが学べる点は以下の通りです。
- 多部門連携の重要性: 移住促進とアートは、部署が異なることが多いですが、連携することで相乗効果が生まれます。早い段階から情報共有と共同企画を行うことが成功の鍵です。
- 「関係人口」からのアプローチ: いきなり「移住」を目指すのではなく、アートイベントや短期滞在プログラムを通じて地域との「関わりしろ」を作ることから始めるのが有効です。
- 地域住民の巻き込み: アートは外部の人が行うもの、という意識をなくし、住民自身がアート活動の担い手や享受者となる機会を設けることが、プロジェクトの定着と持続可能性に繋がります。
- アーティストとの丁寧な関係構築: アーティストは単なる「制作依頼先」ではなく、地域のパートナーとして迎え入れる姿勢が重要です。地域の文化や課題を理解してもらうための丁寧なコミュニケーションが不可欠です。
- 長期的な視点: 短期的なイベントだけでなく、プログラム終了後も地域とアーティスト、そして関係人口との繋がりが続くような仕組み(例:交流スペースの継続運営、卒業アーティストによる継続的なプロジェクト参加)を設計することが望ましいです。
結論:アートが拓く、人々と地域を結ぶ新しい道
〇〇市の事例から見えてくるのは、アートが単なる文化活動に留まらず、地域の根深い課題である人口減少や移住促進に対し、具体的な解決策を提供しうる可能性です。アートは、地域の隠れた魅力を引き出し、多様な人々(移住希望者、関係人口、地域住民)を結びつけ、新しいコミュニティを生み出す力を持っています。
フリーランスのアーティストやアートプロジェクトコーディネーターの皆さんにとって、こうした移住促進と連携したプロジェクトは、自身の表現活動のフィールドを広げ、地域社会と深く関わる新たな機会となるでしょう。行政の移住推進部署や地域のNPOなど、これまでアートと直接的な繋がりの薄かった組織との連携を模索することで、資金や場所の確保、そして何よりも地域へのスムーズな入り口が見つかる可能性があります。
地域にアートを持ち込む際は、その地域の歴史や文化、人々の営みに対する深い敬意を持ち、住民との対話を重ねながらプロジェクトを進めることが何よりも重要です。アートの力で、人々と地域が豊かに関わり合う未来を、共に創り上げていきましょう。